明日はきっといい日になる。

辛く悲しい出来事も、何かの意味がきっとある筈。前向きに、ゆっくり、一歩一歩、歩んで行こう。

気持ちの良い秋晴れ。

こんにちは。

私が居る場所は、今日とても気持ち良く晴れています。皆さんの居る場所はどんなお天気ですか。


太陽ってそこにあるだけで、多くの人を幸せな気持ちに出来るから凄く羨ましい。


お父さんが旅立ったあの日もこんな風にとても気持ち良く晴れていたな(前回記事に写真有り)。少しは晴れた気持ち、感じたのかな。青空を見て何を思ったのかな。


前回少し話に出したお手紙(という名の遺書だけど)は、あれからずっと机の引き出しにしまったままでいます。

辛いんです。

お手紙を見ると、「あぁ、本当にもう居ないんだ」と実感する事になってとても辛いんです。


今手元に無いので、内容を思い出しながら、少しお話させて下さい。


私は大学を中退しました。

理由は、甘ったれた理由で本当に父には申し訳無かったのですが、「ついていけなかった」からです。あの頃私は毎日がとても辛くて、授業中に混乱して涙を流した事もありました。外国語を学ぶ学部だったのですが、人が言っていることが分からないってこんなに辛いんだなと思いました。クラスに居場所を無くし、大学へ行けなくなりました。


私はそれを父へ一言も話して居らず、勝手に辞める形になってしまいました。

中退の件について、一言も何も言われていません。

私は「絶対呆れてるんだ…」そう思い、申し訳なくて、父と一緒の空間に居るだけで、居心地悪く、避けるようになった一つの原因でした。


しかし、あの日のお手紙には…

「今、友達が内定を貰ったり、就職をしたり、とても焦っていると思う。けれど、今アルバイトで(飲食店でアルバイトをしている)、お客様に喜んで頂ける喜び、接客の楽しさを学ぶのもいいと思うよ。本当にやりたい事をもう一度考えて、一歩一歩歩んで行ってください。」というような内容が書いてありました。

「お父さんは仕事で、こういう時にやりがいを感じたよ。」など、私が今行き詰まっているのを知っていたのだなと、頬を濡らしてしまいました。


父は、間違いなく私のお父さんでした。


もっと早く気づいて、色んな事を聞いておけば良かった、頼れば良かった、と思っても、もう遅いけれど。


親子の縁は、死してもなおも、繋がり続けると信じて、いつか再会を果たした時、「ごめんなさい。ありがとう。」そう伝えたいと思います。


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